何度でも呼んで


日々すくすくと成長し続ける我が子が初めて言う意味のある言葉は、パパかママかどっちだろうとペトラは思ってた。それはある意味正解で不正解だった。

「りばしゃ、りばしゃー」
とことこと歩いてリヴァイを見上げる息子がはっきり聞き取れる意味のある言葉を口にした。だがペトラはその単語に嬉しさを覚える前に驚いた。
「ん? どうしたチビ」
「りばしゃ……」
「相変わらずチビの言ってる事はわかんねぇな」
ズボンの生地をぎゅっと握っている子供を軽々と持ち上げ、腕に乗せたリヴァイがペトラを見て軽く目を見開いた。
「何って面してる、お前」
「な、んでもないです」
頬が赤くなっているのが自分で分かる。それでも素直に理由を言うなんてできそうにない。
「それが何でもないって面か。俺に隠し事する気か?」
じろりと睨みながら詰め寄られ、このまま黙っていても追及から逃れられないどころか、後でお仕置きされてしまうと今までの経験から悟ってしぶしぶと口を開く。
「りばしゃって、リヴァイさんって言ってるんだと思います。私が一番良く口にする言葉だから、パパよりもそっちを覚えちゃったのかな……って」
しどろもどろになりながら白状するうちに恥ずかしくて俯いてしまった。
彼を呼ぶ時は、名前だろうとパパだろうと大好きな気持ちは変わらなくて。でも、子供が先に名前を覚えるなんて。

「……」
「あの、リヴァイさん?」
「りばしゃ」
「つまり、こいつは俺の名前を呼んでいたと?」
俯いていた顔を更に下げて頷くと頭にぽん、と彼の手の平が乗せられた。そろそろと顔を上げると、リヴァイさんは穏やかな表情をして私を見ている。
「おいペトラ」
「……ぺちょ」
へっ、今なんて?
「わ、私兵長なんて教えてないですよ。本当です」
その名称はもうずっと声にしていない。夢で言ってるだけなのにどうしてこの子の口から出てくるの?
兵長って呼ばれるのを嫌がる彼の前でそんな事を言われて、私は焦ってしまう。
「違ぇ。兵長じやなくペトラって言ったんだろ」
「え?」
「りばしゃー」
リヴァイさんの腕の中で無邪気に笑う息子をまじまじと見つめていると、髪を掻き乱された。
「俺も、お前の事は名前で呼ぶ方が圧倒的に多いからな」
「……私、リヴァイさんに名前を呼ばれるの好きです。だから、ママになってもペトラって呼んでくれるのが嬉しいです」
「ペトラ……」
「はい」
嬉しくて勝手に顔が綻んでいると、息子が私に手を伸ばして口を動かす。
「ぺちょ」
抱っこを代わろうとしたけど、リヴァイさんに無視されてしまう。
「チビはペトラと呼ぶな。ママと呼べ」
「ぺちょ」
「ペトラって言うな。ママだろが」
「……まっ」
「それでいい」
「りばしゃーぺちょ」
「だからペトラを呼び捨てにすんじゃねぇ。ママと言え。ママだ。分かったか?」
「りばしゃ」

私は別にどう呼ばれても構わないのに、まだ殆ど言葉の通じない自分の子供相手に本気で言い聞かせる様子がおかしくて愛しくて。

「ペトラ、ママと呼ばれない限り返事すんなよ」
「そんなの可哀想じゃないですか」
「ぐだぐだ抜かすな」
「もうっ、リヴァイさんってば。あなたのパパは我儘ね」
「うー、ぺちょ……」
「ごめんね」
私を呼ぶ子供のふくふくした頬を撫でて謝る。リヴァイさんってば時々大人気無くなるのよね。仕方ないから子供を抱いている彼毎抱きしめる。

一度は私を拒んですり抜けたど、諦めきれずに縋った私を求めてくれたリヴァイさんがいてくれるからこそ、望んでいた以上の幸せがこの腕の中にある。

大好きです。
恋人から夫になって父になってもあなたは変わらず私にとってたった一人の愛しい人です。
だから何度でもあなたの名を呼ぶし、私の名を呼んで欲しいです。これからもずっと。


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