愛しさは募る 1


「ママはお姫さまなの?」
「え?」
取り込んだ洗濯物を畳んでいたペトラは、子供が突然飛びついてきたと思ったら唐突な質問をされて戸惑った。最近色々な事に興味を示して、大人が返答に困るような事を聞かれる事も多々あるが、それにしてもお姫さまとは子持ちの主婦に似つかわしくない単語で。

「さっきパパに読んでもらった本にお姫さまが出てきて、お姫さまってどんな人なのか聞いたら、パパにとってはママがそうだなって言ってた。あの写真の、パパの隣で真っ白なドレス着てお花持って嬉しそうに笑ってるママは、お姫さまだからあんなドレス着てたんだよね?」
棚に飾ってある結婚式の時の写真を示しながらの子供の話を聞いているうちに、習慣的に動いていたペトラの手は止まっていた。
「こらチビ、ペトラには言うなっつったろ」
ずかずかと大股でリビングに入って来たリヴァイが子供の腰を掴み、無造作のように見えて実は慎重な手付きで抱きあげる。
「パパ! 言ってないよ、パパがママの事大好きで、一番大事だから幸せにしたいって言ったなんて言ってないよ」
「全部言ってんじゃねえか……クソッ」
疲れたような呆れた声音で子供を抱えるリヴァイの背中に、ペトラは衝動に逆らわず抱きついた。
「リヴァイさん……」
ペトラの口からはそれ以上の言葉は無く、小さな嗚咽しか出ない。
「ママ、どうしたの? 泣いてるの?」
父親の肩越しに覗き込み動揺する子供の問いにも答えれず、ペトラの流れ続ける涙がリヴァイの服を熱く濡らす。
「チビ、ちょっとあっち行ってろ」
リヴァイの腕から下ろされ促された子供は、心配そうな顔で何度も振り返りながらも父親の言葉に逆らわずにリビングから出て行った。

リヴァイはペトラの手を掴み、頼りなく華奢な体を自分の正面に引き寄せ抱きしめる。
「何で泣くんだよ。チビが心配するじゃねぇか」
「リヴァイさん、どうしてあの子には言うのに、私には言ってくれないんですか。酷い」
ペトラはリヴァイの胸を叩くが、全然ダメージは与えれない。
「うるせぇな。言わなくたって分かってっだろ」
わざとぶっきらぼうな発言をするリヴァイにペトラは追及を緩めない。
「分かってても、言葉が欲しい時もあります」
ぽろぽろと涙を零しながら顔を上げたペトラに見据えられ、リヴァイは視線を逸らす。
「俺が言わない分、ペトラが言ってるだろ」
「じゃあ、もう言いません。そしたらリヴァイさん、言ってくれますか?」
すん、と鼻をすすりながらペトラが問うと、リヴァイは観念したように大きく息を吐いて口を開く。
「……ペトラが寝てる時、たまに言ってる」
「そんなの、聞こえてないです」
思わぬ言葉にペトラは驚きながらも、拗ねたような口調になる。
「そうか? 寝ながらでも笑ってる時あるぞ」
リヴァイがふっと口元を緩めた事に、赤くなった自分を隠すようにぎゅっとしがみ付いていたペトラは気付かなかった。


もう子供もいて何年も連れ添った夫婦なのに、好きな気持ちは積み重なってどこまでも大きくなる。

共に過ごす時間が増える度に想いも増すな。


互いに似たような事を思っている事を知らず、二人は互いを抱く両手に力を込める。


「パパとママ、仲直りした?」
音の絶えたリビングのドアを開け、二人が静かな愛情を注ぐ子供が顔を覗かせる。
「別に喧嘩してた訳じゃねぇ」
リヴァイの言葉にペトラも頷く。子供が弾けるように笑いながら駆け寄り、二人の膝にしがみつく。
「パパとママ、ラブラブ?だもんね」
「口ばっか達者になりやがって」
長い睫毛に溜まった滴を拭い、楽しげに笑うペトラを見つめていたリヴァイは、間に挟まる子供毎ペトラを抱きしめ、涙で濡れた唇に柔らかくキスをする。
「潰れちゃう〜」
じたばた暴れて抗議する子供に、リヴァイは仕方なく抱擁を解き、ペトラは小さく温かな体を抱き上げた。
「チビ、今日は早く寝ろよ」
その言葉に子供は首を傾げ、ペトラは瞬時に耳まで染めて目を伏せる。
「何で?」
「うるせぇ、何ででもだ」
リヴァイが子供の頭に手を乗せ、髪を掻き乱すように撫でると高く澄んだ笑い声が家に響き渡る。
ずっとこんな日が続くのは悪くない。リヴァイは知らず笑みを浮かべ、それを見た子供は滅多に見れない父親の笑顔に目を丸くする。
「パパが笑った!」
「え、私も見たい」
少し目を赤くしたペトラに、じーっと音がしそうなくらい凝視されリヴァイはそっぽを向く。
「俺は見せもんじゃねぇ」
呟くリヴァイの頬に子供が手を伸ばし、強引に笑った顔にさせようとするのを見てペトラが瞳を輝かせ声をあげて笑う。


俺の後ろでなく、隣で笑って共に生きろ。お前の笑顔が曇らないように守る。
その言葉に、一筋の涙を流しながらも、誰よりも綺麗な笑顔で頷いたペトラが抱きついてきたあの日から、リヴァイの瞳に映る世界の色が増した。
リヴァイは今生で告げた言葉を違える気は微塵も無い。
これからも、平和で美しい世界でこの笑顔を守り抜くことを改めて心の中で誓い、子供を抱いたペトラの髪にキスを落とした。

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