愛しさは募る 3


リビングに照明が点いているのがドアの下から漏れる光で分かった。
風呂から上がって待っていろと告げていたペトラは、リヴァイと揃いのパジャマを着てソファの上ですやすやと寝ている。寝付きが良いペトラは、滅多な事では起きない。
「風邪ひくぞ」
普段なら、気配にも声にも反応しないほっそりとした身体を抱き上げて夫婦のベッドルームに運んで寝させるが、今日のリヴァイにその気はない。
ペトラの隣に身を寄せ、頬や額に何度も軽いキスを落とす。
そのうちに、触れる度に微かにペトラの睫毛が震えだす。
「オイ、いい加減寝たフリは止めろ」
リヴァイの言葉にペトラはぱちっと目を開けバツの悪そうな顔をした。
「目を瞑ってたら、何か言ってくれるかなって思って」
「お前の寝顔をどれだけ見てきたと思ってる。寝たフリなんざすぐ分かる」
「それじゃずっと聞けない」
小さく呟いたペトラは浮かない表情をするが、リヴァイは彼女が何を望んでいるか知っていながらはぐらかす。
「それよりもだ、なんだあの趣味の悪ぃ巨人の絵本は。チビに変なもん見せんな」
「この前リヴァイさんが居ない時にエレン達が遊びに来てくれたでしょう? その時のお土産です」
「あいつら…… チビが駆逐してやる、とか言い出したらどうすんだ」
「あはっ」
可愛い声と口調で剣呑な台詞を言われるのを想像したペトラは吹き出すが、リヴァイは嫌そうに顔を顰める。
「笑い事じゃねぇだろ」
「ふふっ」
リヴァイは猶も笑うペトラに覆い被さり、薄い肩に額をつけてぼそっと話す。
「チビには、あんな世界の事を知らせたくなかった」
尊厳を奪われ巨人の脅威に晒され、捕食される人類の生き様、それが自分の両親の記憶にある過去の現実だったとは夢にも思わないだろうが。
「……大丈夫ですよ。リヴァイさんの子供ですもん、そんなに弱くないです。もしも巨人が現れたら、パパと一緒に闘ってママを守るって言ってくれました」
「そうか? 最初は怖くて泣きそうになったと言ってたぞ」
「それ以外に、何か聞きました?」
さりげなく探っているつもりなのだろうが、密着している状態だとペトラが緊張しているのが良く分かる。
「ああ、人類最強の兵士長について、色々言ってたが?」
伏せていた顔を上げ、わざと耳元で告げればペトラはピクリと身体を震わせる。
「随分と美化した事を言ってくれやがったな」
「兵長がリヴァイさんって事は言ってないですよ? けど、美化なんてしてないです。私にとってはそうなんです。昔も今もリヴァイさんは私にとって特別で強くて格好良いんです」
一息で言い切ったペトラに頬にちゅっと音を立てたキスをされ、こんなのはチビ相手にするもんだろと、リヴァイは眉を顰める。
「子供扱いかよ。キスするならもっとちゃんとしたヤツやれ」
膝の上に抱き寄せて額を突き合わせて言うと、ペトラが両頬に手を添えて瞼に唇で触れてきた。
「目、閉じたままでいてください」
触れたまま動く唇の感触と吐息が温かくリヴァイをくすぐる。

ペトラが顔を近づけるのを感じて目を開けると、間近で視線が絡み合う。目を開けた事を咎めるように、ペトラが動きを止めるので再度瞼を閉じ、微かに開かれた唇でキスされるのを待つ。
「リヴァイさん……」
甘く名を呼ぶ柔らかな唇が優しく押し付けられた。
控えめに差し入れられた舌から逃げると、躍起になって追いかけてくる。珍しく積極的なペトラの行為にどんな顔をしているかと軽く目を開けると、眉を寄せた表情から淡い色気を感じ、逃げるのを止めて動きに応えようとした時に、舌と唇が去りすっと身を引かれた。
「ん〜もうっ。どうしてちゃんとさせてくれないんですか。もうしないです」
拗ねて背を向けるペトラに後ろから腕を回し凭れるように身体を寄せると拒否はされず、少し前から考えていた事を口に出す。
「ペトラ。……もう一人くらいチビが増えるのも、悪くないと思わないか?」
「えっ?」
振り向こうとしたペトラを抱きしめる腕に力を入れ、そのまま背後から話を続ける。
「チビを産む時のペトラの苦しみをずっと見てたからな。子供は一人いいと思っていたんだが……」
代わってやれない痛みに苦しみ呻くペトラに、どうすれば良いか分からずに只手を握っていただけの、あの永遠に続くかと思った長い時間にどうやって耐えたのか。余程情けない顔をしていたらしく、陣痛の痛みの引いた合間に、部屋から出て行って良いですよと逆に労わられたのは不甲斐無い記憶だ。
出産後にチビの泣き声が響きペトラが目を開けるまで、このまま喪ったらと嫌な思考が頭を過り、足元が崩れそうな程の恐怖を感じていた。その分、二人が無事だったのは大きな喜びで、それからずっと今まで幸せな日々が続いている。
「産むのはお前だから、強制するつもりは……」
回した腕に手が添えられ、無いと言おうとした言葉が途切れる。
「あの子に弟か妹がいたらいいなってこの前思ったので、同じ事考えてたなんてびっくりです」
「そうか」
「出産の時って凄く痛くて苦しかったけど、リヴァイさんがずっと傍に居てくれたから、耐えれたんです。それに、リヴァイさんは子供が苦手かと思ってたから、妊娠した時はドキドキしながら報告したけど、喜んでくれて過保護なくらい大事にしてくれて嬉しかったです」
ハンジの奴が、保護じゃなくて監禁の間違いじゃないかとドン引きしてたな。
「あ、今も大事にしてくれてるって思ってますよ?」
軽く首だけ振り向いてそんな事を言われたら、色々と来るな。体勢を変えさせ、向き合って瞳を覗きこむとペトラが微笑む。
「リヴァイさんって意外と面倒見良いですよね」
「バカ言え、俺は元々結構面倒見が良い……」
「そうでしたね」
どこか遠く、夢見るような目つきをするペトラは、誰を思い出しているのか。
記憶があったからこそ、現世ではペトラを遠ざけようとした自分の過去を棚に上げ、兵士長だった頃の自分にすら妬く心の狭さに呆れるが、リヴァイは改善する気は無い。

「意見は一致したって事で良いな?」
「はい?」
「明日は、チビの面倒も家事も俺が全部するから安心しろ。ここでするのとベッドか、どっちが良い」
半ばソファに押し倒し、耳朶を口に含むとペトラの息が軽く乱れた。
「ん? どっちもか?」
こめかみにキスしながら問えば、頭をぶんぶんと振って否定してきやがる。することしねぇと子供は出来ねぇだろ。
リヴァイはペトラを横抱きにし、夫婦のベッドルームに向かって足を進めた。

 back top