愛しさは募る 4


喉の渇きを感じて目覚めたペトラは身体が酷く重い事に気がついた。
だるい、身体痛い……
そっと首を動かし横を見ても、隣には誰もいない。部屋の中に差し込む太陽の光の量と影の角度からして、とっくに朝と呼ばれている時間は通り過ぎているから当たり前なのだが、起きて傍に夫であるリヴァイの温もりが無いのが物足りない。
「ふぅ」
小さく息を吐きゆっくりと起きてみると、べたついていた身体はさっぱりして下着もパジャマも身に着けていた。

昨日のリヴァイさん凄かったな。
途中からの記憶は飛んでいるが、この疲れ方からして自分で着替えたとは思えない。
意識の無い間に着替えさせられた事実と、更に自分の乱れっぷりもぼんやりと蘇り、恥ずかしさが頂点に達して倒れ込みそうになる。
けれどもいつまでもベッドの上に居る訳にはいかない。喉の渇きをどうにかする為にもキッチンに行こうと視線を動かすと、サイドボードの上に水の入ったコップが置かれていた。飲みやすいようにかストローまで刺されていて、その小さな気遣いにほわっとなる。
ありがたく喉を潤そうと手を伸ばすと、身体から力が抜けてしまい上半身が崩れてベッドから落ちそうになる。
「ペトラ? 起きたのか?」
ドアが開き、リヴァイが近づくのが足音で分かる。ペトラは気恥かしくて血が上りそうでも頭があげれない。


気配でペトラが起きたと察したリヴァイが部屋を覗くと、ベッドから落ちかかっていた。
抱え起こし、枕を背に当て座らせてコップを手渡すと、両手で抱えて持ちストローを咥えて一心不乱に水を飲む。相当喉が渇いていたらしい。飲み終わったコップを取り上げると、ちらっとこちらを見上げる。
「お水、ありがとうございました。あ、おはようございます」
「もうすぐ昼だ」
「……こんにちは?」
首を傾げながら疑問形で挨拶され、リヴァイとしては珍しくも吹き出してしまいそうになる。
「お前、面白いな」
つい本音が口から飛び出てしまったが、ペトラは何が面白いのか分からないと言いたげな顔をした。
「ママ起きた?」
暇を持て余しちょこまかしていたチビが部屋に入って来て、ベッドによじ登りペトラの隣に座り込む。
「ちょっと待ってろ」
リヴァイは妻子二人を残して部屋から出て、キッチンでペトラ用に作っていたリゾットを温め直し食器に盛りつけた。


パパがねーと、嬉しそうに子供が教えてくれる、リヴァイが面倒を見てくれた話を聞いているうちに、トレイを持った彼が戻って来た。
「メシ、食えるか?」
ぎしっと音を立ててベッドに腰を掛けたリヴァイに問われ、小さく頷く。本当はあまりお腹が減っているとは感じないが、折角作ってくれたのから食べたい。
「ほら、口開けろ」
リゾットを掬ったスプーンを差し出されたけど、病気じゃないんだから自分で食べれるのに。
「自分で……むがっ」
話の途中で口にスプーンを突っ込まれ仕方なく咀嚼するけど、そんなに見ないで欲しい。ひょっとして、味の事気にしてる?
「美味しいです」
「ならもっと食え」
逆らえずに飲み込んだ後また口を開いてしまうけど、リヴァイさん、面倒じゃないのかな。


ペトラにリゾットを食べさせているとチビがそれを凝視し、そのうちに口が軽く開いてきた。食いたいのか?
試しに口元にスプーンを持っていくと、大きく口を開けるが直ぐに両手で塞ぐ。
「パパ、これはママのごはんだよ?」
そんな食いたそうな顔で言われても説得力無ぇ。
「ママもうお腹一杯。パパの料理残すの勿体無いから食べてくれる?」
ペトラの言葉に、チビは嬉しそうに頷いてスプーンを咥えた。
「おいしー」
口をもぐもぐさせながら両頬に手を当てやがって。なんだこの仕草、ヤバいだろ。さすがペトラの子だな。
リヴァイがスプーンを差し出す度にパクパクと食い付いて、残りは全て食べ尽くされた。


満腹になったのか、ペトラはぎゅっと抱きついてくる子供の小ささと温かさに顔が緩む。起きるのが遅くなったから寂しかったのかな。
「チビ、こっち来い」
リヴァイに呼ばれた子供は、ペトラから離れ素直に父親の膝の上に乗った。口を拭われる間もリヴァイにされるがままおとなしくしている。
昨夜の激しさが嘘のように穏やかに子供の面倒を見るリヴァイを見ていると、ペトラは早く二人目が欲しいと思った。まさかそれを悟られたとは思わないが、リヴァイが突然の質問をするのでペトラの視線が泳ぐ。
「チビ、お前は弟と妹、どっちが欲しい?」
「? う〜んと、……両方?」
「そうか。両方か」
それはちょっと無理、と心の中で突っ込むペトラに気づかずに夫と子供の会話は続く。
「うちに赤ちゃん来る?」
「チビが良い子にして毎日早く寝てたら、すぐ来るぞ」
「わーい」
リヴァイさんの膝の上で喜びながらぴょんぴょん跳ねる様はとてつもなく可愛いけれども、無責任な事を言わないで欲しいと少し恨めしく思う。
「すぐって明日? その次?」
「それは無理だが、早く来るようにするから心配すんな」
「うん。ママ、赤ちゃん早く来るといいね」
子供に眩しい程の笑顔を向けられ、ペトラも釣られて笑ってしまった。

ひとしきりリヴァイにじゃれついていた子供は、何かを思い出したように動きを止めた。
「パパ、ママ起きたからルンバのスイッチ押していい?」
「ああ」
膝から下ろされ、弾むような足取りで子供がドアを開け放したまま部屋から出て行った後、リビングの方からルンバの起動音声に続き動き出す音が聞こえる。これからあの子はいつものように機械の後を追って、部屋中うろうろするに違いない。
「チビの奴、変なもんが好きだよな」
ルンバ以外にも、掃除道具に興味を持つ所は間違いなくあなた似です。そう思うペトラは小さく笑うだけに留めた。

「身体、大丈夫か?」
気遣う様に頬に優しく手が伸ばされた。
「リヴァイさんの所為でだるいです」
「……怒ってんのか」
え? ひょっとしてリヴァイさん気にしてる?
夜はあれだけ強引だったのに、今はこれ以上触れていいか躊躇ってるみたい。なんだか……
「リヴァイさん、可愛い」
つい心の中で思っていた事が口から出てしまった。どうしよ。
「三十路のおっさんのどこが可愛いんだよ。お前の方が……」
言いかけた言葉を止めて、ふいっと目を逸らしてるから照れてる。やっぱり可愛い。抑えようとしても笑い声がクスクスと出てしまう。
「クソッ、喧嘩売ってんのか」
売ってません。楽しすぎてその一言が口から出ない。
ちょいちょいと指先を曲げてこっちに来てと指示すると、怪訝そうにするが寄って来てくれる。やっぱり今日のリヴァイさん可愛い。
リヴァイさんを可愛いなど形容するのは自分くらいだろうなと、彼のこんな一面を知っているのがペトラだけなのが途方も無く幸せで。
「リヴァイさん」
努めて低い声を出して頬に手を触れた後は。
「怒ってなんかないです」
思いっきり笑いながら頬をむにっと摘む。
「……頬を張られるくらいの覚悟はしてたんだがな」
呆気に取られたような、拍子抜けしたような声を出すのも可愛い。
「ふふっ、聞きたかった言葉が聞けたからいいんです」
微かに擦れた艶めいた声で告げられた言葉は滅多に聞けないもので。思い出すだけで胸が高鳴る。
私の心臓はこの人に握られているんだと、つくづく思う。

頬をぷにぷに摘まんでいた手をリヴァイさんに掴まれて、手の平にキスされた。
「子供の期待には応えないとな。暫くはチビと一緒に毎日昼寝しとけ」
昼間なのにこのまま食べられそうな、ぞくりとするくらいの色気をリヴァイさんは漂わせる。
リヴァイさんの変なスイッチ入っちゃった?
「せめて、一晩一回にしてください。昨日みたいなの、無理です」
「……最後はお前から強請ってきたんだが」
「ふえっ?」
ペトラの口から間抜けな声が出た。
「覚えてないのか。なら、教えてやろうか?」
ニヤリ、としか形容しようのないリヴァイさんの表情も滅多に見れないけど。その表情を見た後は大抵……
「いいです。遠慮します」
両耳を塞ぐが、直ぐに取られて耳元にリヴァイさんの息がかかる。
「また後で教えてやる。それと、今夜は優しくする」
耳が熱い。その熱が全身に回って眩暈がしそう。
「絶対ですよ?」
結局ペトラは彼を拒めず、いつだって受け入れてしまうのだ。

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