大人と子供の境界線


「リヴァイさん」
大学を卒業したばかりの彼と待ち合わせをしていたペトラは、既に自分を待っていた相手に笑顔で駆け寄った。
「お待たせしちゃってごめんなさい。リヴァイさんは長い春休みで良いですね」
「そうか? まあお前と何時でも会えるのは良い事だがな」
そんな事をさらっと言われ、私の顔は赤くなった。普段甘い言葉など全然言わない彼なのに、時折ペトラの胸をぎゅっと掴むような発言をしてくる。

五歳年上の彼と初めて出逢ったのは、私が高校一年の頃に大学三年生だった彼が教育実習で私の通う高校に来た時だ。リヴァイさんの指導担当のスミス先生が私のクラスの担任だったから、実習の時は学級委員だった私が色々とリヴァイさんのお手伝いをしていた。クラス委員は押し付けあった揚句のくじで当たってしまって、相方がすぐに人の会話に絡んでくるオルオだったからついてないと思ってたけど、そのおかげでリヴァイさんとの距離が近くなったんだから私のくじ運は最強だった。

最初は言葉数の少ない彼の考えてる事が分からずに色々と戸惑ったけど、彼と接する度にどんどんと好きになって、実習期間が終わる頃には想いは抑えきれなくなっていた。
実習の最後の日は一学期の終業式だった。体育館での終業式後、そのままお別れ会を開いた時は泣いている子も結構いて。高校生にとっては手の届く程度年上の大学生に憧れることはごく普通の事で、リヴァイさんだけでなく他の実習生も何人もの女生徒に告白されていた。他の実習生は断り方が優しいのに、リヴァイさんはストレートな断り方をするとすぐに有名になったから、男子からの人気は上がり逆に女子からの人気は下がってペトラは安心していた。

全ての行事が終わって人影もまばらになった学内の教職員用の玄関前の柱を背に、ずっとペトラは座っていた。人の気配がする度に相手を確認しては落胆してを何度も繰り返し。周囲が夕陽によって赤く染まってきた頃やっと待ち人が姿を現して声を掛けた。
「リヴァイ先生、お疲れさまでした」
「今日で実習は終わった。俺はもう先生じゃねぇ」
その言葉に、もう関わりは無いと突き放されたと感じて、今すぐにでも告白しようとしていた私の想いは告げる前に行き場を無くした。
想いが通じなくても、冷たくあしらわれるとしても告げたかったのに。それすら許されないなんて。
「……お世話になりました」
深々と頭を下げて涙の膜の張る瞳を彼から隠していると、優しい手つきで頭を撫でられた。
「世話んなったのは俺の方だ。いくら母校でも、数年振りじゃ色々と勝手が違った」
そんなことされて涙が溢れて、顔を上げれない。諦めないと駄目なのに。
「どうした? ペトラ・ラル」
俯いたまま背を向けたら、ぐいっと引き寄せられた。
「リヴァイ先生?」
「先生は止めろ。俺はもうただのリヴァイだ」
「は、い」
だから、もう私とは何の関係もな……
「だから、俺と付き合え」
「どこにですか?」
色々な教材とかは確かもう資料室に戻した筈だし。そう思ってたら彼が深い溜息を吐いた。
「……お前はそういう奴だよ。異性からの好意に鈍くて、そのくせお前は男を振り回しやがるんだ。どれだけ俺が我慢したと思っている」
言葉の意味を頭が理解する前に私の体はくるりと回されて、彼と向きあっていた。
「リヴァイせ……」
「俺はお前が好きだ。お前は俺をどう思っている」
「え?」
「こら、惚けるな」
私は瞬きを忘れ、ただひたすらに彼の瞳に映る自分の姿を眺めていた。
今聞いた言葉は現実? それとも私の願望からの空耳?
「おい、ペトラ・ラル」
「……さっき聞いたのが空耳じゃないなら、ペトラって呼んでください」
「ペトラ……」
大胆な願いは直ぐに叶った。囁くように甘く名を呼ばれ、私の鼓動は跳ね上がった。
「お前は俺をどう思っている。さっさと答えろ、俺は気が長くねぇんだ」
それは、出逢ってすぐ知りました。
「私もリヴァイ先生が好きです」
「……そうか」
大好きな人が目を細めて私を見ている。こんな優しそうな顔は初めて見た。
「だがな、先生は止めろ。悪い事をしているような気になる」
何も悪い事なんてしてないと思うのにとても嫌がられたので、私は新たな呼び方を押しつけられた。
だけど、なかなか先生って単語は私の中から抜けなかった。


リヴァイさんと私は四月になるまで二人で映画を見たり、遊園地や水族館に行ったりと、色々遊んだ。
リヴァイさんが社会人に、私が高校三年生に進級したらそれぞれの生活が忙しくなってしまう。
だから私達は時間が許す限り会って二人で過ごした。

実習生だったリヴァイさんとお付き合いしてるのは、なんだか気恥かしくて誰にも言ってなかったけど、そうしてて本当に良かった。
せっかく呼び方がリヴァイ先生からリヴァイさんに馴染んで間違えなくなってたのに。
この春から私の学校に新任教師としてリヴァイさんが赴任しただけでも驚きだったけど、更に私のクラスの副担任になるなんて。
付き合ってたのは教師と生徒の関係になる前からだったのに、世間一般で呼ばれる禁断の関係になってしまった。
密かに別れを告げられるかもしれないと覚悟してた私に、リヴァイさんは手放せないと言ってくれた。

卒業までは私達の関係は絶対に秘めておかないといけない。
大人な彼は、学内では私を一生徒として扱う。
けれど、子供じゃないけどそこまで大人になりきれてない私は割り切れず、彼に纏わりつく女生徒に嫉妬してしまうし、彼に向ける視線はつい熱を帯びてしまう。
毎日学校で会えるのは幸せだけど、特別な想いは封じて接しないといけないなんて。
少しでも接する機会が増えたくて、クラス委員にも立候補した私の恋は前途多難だ。

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