調査兵団の兵士長と部下の日常2


今日は晴天だから洗濯物が良く乾きそう。
ペトラが洗濯物を全て干し終え、再度風で飛ばされないようにきちんと止まっているか確認を済ませてから、兵舎へと戻ろうとした時にリヴァイが現れた。
こんなとこに兵長が来るなんて、何か急ぎの用事でもあるのかな。
「おい、ペトラ。手ぇ出せ」
「右ですか、左ですか?」
「あぁ? んなもんどっちでもいいだろが」
「はいっ」
唐突な言葉につい困惑してしまい変な答えをして、機嫌を損ねたのだろうかと思わずびくっとして両手を差し出したら、掌に拳より少し大きいくらいの袋が乗せられた。袋の上は可愛いリボンで結ばれている。
「あの、これは?」
「お前にやる。食え」
食えって事は中身は食べ物なんだ。えーと、ずっと私を見てるって事は今食べろってことなのかしら。
リボンを解いて覗けば、中身は飴だった。
「あ、め?」
目の前の人物と渡された物とのギャップに思考が止まる。
「嫌いなのか」
眉間に皺を寄せた兵長に問われ、ふるふると首を振る。
「いえ、好きです」
「ならさっさと食え」
鋭い目つきで見られ、まるで見張られているかのような錯覚に陥りながらも包装を剥がし一粒口に入れると飴は舌の上で溶け口の中に甘く染みわたる。
「甘ーい。美味しーい」
一般人にとって甘い物は贅沢品なので、兵長の前にも関わらずだらしなく顔が緩んでしまう。
「ありがとうございます、兵長。でも、これどうしたんですか?」
「……どっかの貴族からの差し入れの一部だ」
「そうなんですか。じゃあ後で他の班員にも渡しますね」
「………」
あら、なんだか兵長の機嫌が悪くなった? そっか、包装したままだったってことは、まだ兵長は口にしてないのよね。
「兵長も食べますよね?」
「いらん」
「美味しいですよ」
一つ取り出して差し出しても、受け取ってくれない。どうしよう。
立ち尽くしていたら、足音とハンジ分隊長の声が響く。
「うるさいなーモブリットは。ちゃんと干すって言ってるのに信用ないなー」
「普段の言動が言動ですから」
洗濯物が大量に入った籠を持ったハンジ分隊長の後ろにはモブリットさんがいる。仕事だけでなく、直属の上司の日常生活までフォローして羨ま…じゃなくって、大変そう。
「ハンジ分隊長。干すの、手伝います」
「ペトラはモブリットと違って良い子だねー だけど、いいよ。自分でやらないと削がれそうだし」
モブリットさんはそんなことしそうに無いけど……
「あれ、それは。ふーん、なる程」
分隊長が私を見て急にくすくすと笑いだしたけど、何だろう。
「急にニヤニヤしやがって、いつもより余計に不気味だぞこのクソメガネが」
兵長の言葉を無視して、分隊長が私の傍まで来た。
「それって飴だよね?」
「兵長が差し入れを分けてくださったんです。後で兵舎にいる班員にも配るんですよ」
「皆に? そう。で、美味しい?」
「はい。とっても。分隊長もお一つどうですか?」
本当に美味しいから、是非分隊長にも食べて欲しい。
「あらー良い笑顔。そんなに美味しいんだ。でもさ、この通り手が空いてないから、食べさせてくれる?」
「あ、はい」
包みを解き、大きく開けた分隊長の口の中に飴を差し入れ、後ろに控えているモブリットさんにも声を掛ける。
「モブリットさんもどうですかっ
……ぎゃっ」
急に洗濯籠を置いたハンジ分隊長にがばっと抱きしめられ、変な悲鳴が出てしまった。ああ、兵長の前で変な声を。どうしてもっと可愛い悲鳴とか出せないの。
それにしても流石は分隊長、力がかなり強くて抱きしめられてるというより、格闘訓練みたい。私より背も大きいからすっぽりと包まれて、ジタバタしても拘束が解けない。
分隊長相手に、本気で反撃する事は出来ないし。相手が兵長だったら大人しく受け入れるのに、と有り得ない仮定は虚しいだけだ。
「ハンジ分隊長、苦しいですっ」
訴えたら急に拘束が弱まったので、ほっとしてたら腕が引っ張られて兵長の後ろに移動していた。
「ふざけんな、クソメガネ。削がれてぇのか?」
兵長が、私を助けて背に庇ってくれてる? なんだか凄く嬉しい。
身長は私とあまり変わらないのに、その背中はとても頼りがいがある。ずっと追いかけて見ていたいと思う後ろ姿だ。兵長の横は望まないから、後を追う事くらいは許して欲しい。
「だってーペトラが可愛いんだもん」
「この腐れド変態メガネが……」
「あははー」
「へ、兵長。分隊長は徹夜続きでハイになっているんです」
焦った調子のモブリットさんは、兵長相手に分隊長を庇って、とても上司思いだな。
私も兵長を止めないと、と思うけど混乱している。
だって、分隊長から助けてくれた時の腕の力強さとか、一瞬強く香った兵長の匂いとか。
どさくさに紛れて抱きついておけば良かったとか、今直ぐにでもその背中に縋りつきたいと思ってしまう私は末期かもしれない。
ああ、きっと今私の顔は真っ赤だ。これじゃあ兵長と顔を合わせれない。
「兵長、色々とありがとうございましたっ」
私は下を向いたままお礼を言って、逃げるようにその場を後にする。
「おい……」
兵長が何か言っていたような気がしたけど、止まらずに飴を握りしめて部屋まで走り続けた。

あの場で顔を見られてたら、私の気持ちが兵長にバレてしまってたかもしれない。逃げて良かった。でも、あれは兵長が悪い。私の心を掻き乱すような事をするんだから。
走りが原因で荒くなっていた呼吸と兵長の言動で速まった心音が落ち着いた頃、兵長が洗濯籠を届けてくれて、私は違う意味で赤面してしまったのだけれども。
手間が掛かるな、って言われて本当に反省しました。未熟な部下でごめんなさい、兵長。
兵長に追いていかれないように精進するから、見捨てないでください。




「あーペトラ行っちゃった」
凄い勢いで走り去るペトラを目で追っているのは、私だけじゃなくてリヴァイもだ。さっきまで鬼のような顔してこっちを睨んでたのに。

あまりに大量に洗濯物を溜めていたのがモブリットにばれて、強制的に洗わされて、さて次は干すかって時にリヴァイとペトラに合って。
なんだかほのぼのとした空気が流れてた所に、ついちょっかい出してしまった。
だって、じれったいんだよね。
ペトラは多分リヴァイに恋している。自覚もしているみたいなのに、積極的に迫ったりせずに傍にいるだけで幸せって感じで笑ってるだけで、部下としての立場から踏み出したりはしない。
その上、自分がリヴァイに想われるだろうなんて思っていないみたいだ。
一方のリヴァイは自覚無しに、ペトラを特別に想っているようで。無自覚なだけに、傍から見てて始末が悪いんだよね。壁外調査時の班員を選ぶ際は、ずっとペトラを指名している。まあ実力あるから当然っちゃ当然の人選なんだけどさ。絶対私情入ってるよ、あれは。
今私が舐めてるこの飴だって、リヴァイはペトラ個人に渡したつもりだったに違いない。
ペトラから食べさせて貰ってた時のリヴァイの表情、凶悪過ぎだったな。
逆にペトラの笑顔は可愛くて、巨人を相手にする時みたいにときめいてついぎゅっと抱きしめてしまった。
可愛い娘さんの感触を堪能する前に、直ぐにリヴァイにかなり乱暴に引き離されて隠されて。まあ結局リヴァイもペトラに逃げられてんだけど。
これはまだまだ進展しそうにないな、残念。
ペトラは上司と部下の関係に縛られて動けないかな。兵士として心臓は人類に捧げても、心は好きな相手に捧げても良いと思うな、個人的に。我々兵士だって人間なんだから。
ちなみに私の心は巨人に捧げているよ。

「分隊長、生き急ぐのは止めてくださいよ」
疲れたようなモブリットの声に、脳内会議は中止して洗濯物を干すことにする。
自分の籠を持とうとして、空の籠もあるのが目に留まった。
「ペトラのかな?」
しっかり者のあの子が忘れていくなんて珍しい。相当動揺させてしまったな。お詫び代わりに後で持って行ってあげよう。と思ってたら、リヴァイが籠に手を伸ばした。
「ちっ」
面倒そうに舌打ちしてるけど、持っていくのを本当に面倒に思ってたら性格的に拾わない筈。そんな親切、ペトラ以外にはしないだろうに。さっさと自覚すれば面白いのに。
しっかし、恋患いするリヴァイも色ボケするリヴァイも想像つかないわー 三十路のオッサンが恋とか、面白すぎ。くくっ。
残酷な世界に生きてるのは承知してるけど、楽しみは多い方が良い。
こっちを完全に無視してどっか――ってかペトラのとこしか考えられない――に行こうとしているあの人類最強は、ペトラは調査兵団以外にも憲兵団と駐屯兵団の男共にも人気あるって事知ってるのかね。噂とかには無頓着そうだから知らないだろうな。知れば少しは焦るだろう。うん。
一歩引いてるペトラが相手だからリヴァイが強引に行かないと、何年もこのままかもしれないしね。
でもまあ今日はさっさと洗濯物干して、久々に机の上じゃなくてベットで寝よう。
「あそこが空いていますよ、分隊長」
ああ、わざわざ干す場所を探してくれたんだ。結局何だかんだ文句言っても、モブリットは手伝ってくれるんだよね。良い部下を持って、調査兵団の幹部に属する自分としては誇らしいね。

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