旋律に身を寄せて


煌々と周囲を照らす複数の明かりが庭園のあちらこちらで揺らめいている。その光が真っ白なクロスで覆われたテーブルに並べられている料理と、その前に座る贅沢に着飾っているパーティの参加者を浮かび上がらせている様は、壁中の食糧事情を支えている一般庶民には夢のような光景だろう。
見栄の張り合いや柵から催されている一夜の享楽の為にどれ程の人的、物資的浪費が尽くされているのか。

「くだらねぇな」
内地の貴族が催すパーティの警護を調査兵団が任された事にリヴァイは苛立っていた。
寄付の見返りだと割り切ってたつもりだったが、実際に無駄な浪費を目の当たりにしてしまうと嫌悪感は消えない。
クソ共の機嫌を取る事も必要だと理性では分かっていても、調査兵団の幹部が警護をしているのだと自慢したいだけの豚野郎を蹴り飛ばしたくなってしまう。

立体機動装置を外している現状で何をどう警備しろってんだ。
こんな仕事は甘い汁ばかり啜って腐りきっている憲兵団のゲス共に似合いの仕事じゃねぇか。
心の中で罵倒していると、定期的に行っている周囲の見回りからペトラが戻ってる気配がした。彼女の動作も声音も決して騒がしくないのに、存在はすぐに感じ取れてしまう。それなのに傍に控えられても違和感は感じない。

「異常は何もありませんでした」
真摯に報告するのが生真面目な彼女らしい。
「ああ。当然だろうな。しかし俺の直属の部下なばっかりに、お前までこんなクソみてぇな仕事に駆り出されちまったな」
「いえ、面白いですよ。別世界を覗いてるみたいで。私には一生縁がないだろうって思ってた場所に、警備の一員としてでもこうしているなんて不思議です」
リヴァイの目には、物事を前向きに捉えるペトラが眩しく見えた。明るい色の髪に周囲の光が集まっているのだろうか。
「……不満に思ってないならいい」
「不満でも、任務ならしょうがないですよ」
「……」
割り切って凛としているペトラよりも自分の方が我儘な子供のように思えて、リヴァイの眉間には皺が寄った。



見回りから戻って現状を報告して、些細な会話を繋いでいると兵長の機嫌が悪くなった。私、何か変な事言ってしまったのかな。語らいの糸口を探せないまま沈黙が続いていると、パーティ会場から優美なメロディが流れて来た。
貴族の好む音楽は詳しくないけど、この曲は知ってる。幼い頃近所のお姉さんの結婚式で聞いた事があるから。白いドレスと周囲の人全員の幸せそうな笑顔と咲き誇る花で溢れた優しい時間は、ペトラの記憶に今も残っている。
「ダンスが始まりましたね」
「お前は踊れるのか?」
「いえ、踊った事無いです。兵長は?」
何となく聞いてしまったけど、兵長がダンスを踊る姿なんて想像できない。優雅さとはあまり縁が無さそうな人だし。
「柄じゃねぇのは百も承知だがな……パーティに出る事もあるだろうと、初歩的な奴だけはエルヴィンに覚えさせられた」
心底嫌そうな顔をする兵長の反応は当然だと思っていると、それを悟られたのか鋭い視線を寄越されたけど謝罪するのも変なので私は会話を続ける。
「この曲、幼い頃聞いた事あるんです。ファーストダンスを踊ってた花嫁さんがとても綺麗でした」
衣装はこのパーティに来てる人達の方が何十倍も豪華なんだろうけど、大好きな人の花嫁になれた幸せに溢れてた輝きの前には敵わない。

懐かしさを感じながら視線を旋律の聞こえる方に向けていると、兵長の手にぐいっと腰を掴まれ引き寄せられた。心臓が止まるかと思うくらい驚いて言葉も出ない私の気も知らず、兵長は何も言葉を告げてくれないままで私を引っ張り回す。私は必死で体の動きでリードされるまま添わせた手に力を込めながら右へ左へと足を動かし、もつれそうになる度に腰に回された手が私を支える。
無我夢中で過ごした時間は、曲が途切れたと同時に終わった。

「下手くそだな」
「なっ……初めてなんだから当然じゃないですか。兵長が今まで踊ってこられた淑女と比べないでください」
貶された事よりも他の女性と比べられた事の落胆が大きい。何も言わずに強引に踊らせたのは兵長なのに。
「……言っとくがな、別に比べた訳じゃねぇぞ。女と踊ったのは初めてだからな」
「え?」
伏せていた顔を咄嗟に上げると兵長と視線が真っ直ぐにかち合った。
「厚化粧と降りたくった香水臭ぇ女と踊る気にならねぇから、怪我をした事にしてあしらった」
なんだかとっても兵長らしい理由だと思うと同時に、どうして私とは踊ってくれたのか不思議で。

兵長の直属の部下となってから過ごした間に、どんな状況でどんな反応をするのかはある程度知った。なのに、時々思いも寄らない言動をして、どうしようもない程私の心を乱して翻弄してる。そんな事、兵長本人は微塵も知らないだろうけど。
単なる気まぐれに一喜一憂する自分に呆れつつ何度も目を瞬いていると、今度は知らない曲が流れて来た。

「わっ」
また兵長が私を流れる旋律のままに振り回す。
ダンスってもっと優雅なものかと思ってたけど…
下手って言われた意地もあって今度は必死について行こうと食い付いて。良く考えたら、これって立体機動の訓練や壁外調査の時と同じだ。
相手が兵長だから仕方ないのかな。少し慣れて余裕の出た私はつい言ってしまった。
「兵長、何だか楽しくて嬉しいです」
「……どうしてだ」
まさか理由を問われると思ってなかった私が追及から逃れる為に、足元に視線を落としてステップを繰り返し問いに応えずに訊ねてみると。
「兵長は、踊るの上手なんですか?」
「上手なわけねぇだろ」
余裕有り気に私をリードする様子からはそんな風に見えないのに。



「……どうしてだ」
その問いは、自らにも向けたものだった。
どうして俺はペトラを強引に誘い踊った。そして一度で終わらず今もまた踊っている。

俺より小さく柔らかな手を握り、細い腰に手を回して密着しているとペトラの匂いで胸が満たされ心が安らぐ。
その理由を薄々と察しながらも、俺はこのまま気が付かない振りをし続ける。
先が見えない俺には、未来を望む資格がない。
それなのに衝動のままこの一時の戯れに身を任せてしまった。

「……終わりましたね」
「そうだな」
長いようで短かった演奏が終わった。
それを機に体を離したが、足元に落ちる俺とペトラの影は実際の距離とは違い、踊っていた時のように寄り添っていた。


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