• カテゴリー 『 小話 』 の記事
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講義が終わって次の教室に移動中、密かに気になっていた大学の同期のペトラ・ラルが、全然似合わない男物の腕時計をしているのに気が付いた。サイズが大きいからか腕を下ろしている時は手の甲の辺りまで落ちてきている。
俺の視線に気づかずに楽しげに友人と話している彼女には恋人がいたのか? 学内にそんな相手はいそうになかったが。

悶々としながら講義を済ませバイト先に向かう為に大学の敷地内から出ようとしていたら、鋭く近寄り難い空気を醸し出すスーツ姿の男が正門に凭れかかっていた。
大学の領域にそぐわない存在に驚きながらも歩みを止めずに近づいていくと、良く見たら整った顔立ちをしているのに気が付いた。
小柄なのと目付きの悪さが残念な人だな。そう思っていると背後から駆け寄る足音と共に弾む声が響く。
「リヴァイさん」
その声を聞いて視線を俺の背後に向けた彼からは、鋭さが消えていた。

「お待たせしました」
俺を追い越して男の傍に立ったのは、息を弾ませているペトラ・ラルだった。
「急がねぇでいいっつったろ」
なんてぶっきらぼうな物言いなんだと内心憤慨していると、男が彼女の左腕を掴みあげ男物のぶかぶかな腕時計を細く白い華奢な手から外す。その手付きは口調と違って驚く程優しいし、彼女も為されるがままになっている。
外した後で男はそれを自分の腕に着け、スーツのポケットから取りだした腕時計を彼女の腕に嵌めながら言う。 
「電池交換しといた」
「ありがとうございます。お手間かけさせてごめんなさい」
「……気にすんな」

随分と親しそうな態度だけど、普通は恋人に対して敬語で話さないよな? 学生と社会人で年も離れてそうだし、恋人な筈はないだろう。親戚……従兄とかだろうきっと。
知らず歩みを止めて立ち尽くしていた俺の希望的願望は、その後の二人の会話に粉々に打ち砕かれる。

「今日はバイトないんだろ」
「はい」
「なら……このままうちに来て泊まれ」
「え?」
「別に着替えもあるし、不都合ねぇだろ」

無言で頷いた形の良い頭を軽く撫でた男が慣れた風にその手を掴んで指を絡めると、彼女の指もそれに応えた。
そのまま歩きだす二人の後ろ姿は想い合う幸せな恋人同士の姿にしか見えない。
俺の淡い恋心は、育つ前に完膚無きまでに踏み潰された。

 


他者視点リヴァペトが好きー

  • カテゴリー小話

上司と先輩の二人の密やかな逢瀬をエレンは偶然とはいえ見てしまった。
その後の午後のお茶の時間では、見られていた事に気づいていたにも関わらず平然としているリヴァイと、何も知らずいつもと変わらない優しい笑顔のペトラがいて。
さっきまで甘い空気に浸っていたのに、今では上司と部下のしての立ち位置にいる。
二人とも大人だなぁ。妙な感心をしながら楽しそうに全員分のお茶を淹れて配るペトラをつい目で追っていると、オルオが隣に来てエレンの肩に腕を回す。

「何だエレン。さっきから露骨にペトラを見てるみたいたが、惚れたのか?」
「ち、違いますよ」
「そうか? まあ例え惚れたとしても、お前が相手にされる訳が無いぞ。この俺ですらそうなんだからな」
その言葉にどう返事して良いか分からず、エレンは曖昧に笑った。
確か、オルオさんは知らないんだよな。

そっとリヴァイの様子を伺うと、会話が聞こえていた筈なのに常と変わらずで、秘密を知ってしまったエレンの方がドキドキして挙動不審になっていた。
これって普通逆の反応するもんだよな……そう思っていると、いつもと違う様子を心配されたのかお茶を配り終えたペトラがエレンの額に手を当てた。

「体調でも悪いの?」
この手はさっき兵長に縋っていて、心配そうに俺の名を呼んでる唇はさっき兵長のくちび……うわぁああ。
内心の叫びが口から飛び出すのは防げたが、エレンは椅子を引き倒しながら立ち上がった。
「エレン?」
尚も心配そうにするペトラからエレンはじりじりと下がって距離を取る。リヴァイが剣呑な目付きで自分を見ている事に気が付いたからだ。

「ペトラ、エレンに構うな。大方急にクソにでも行きたくなったんだろう」
「へっ?」
「そうだよな?」
圧力を感じる程の目力を寄越され、エレンはひたすらに頷きながら食堂から飛び出した。

数十歩の距離を飛ぶ勢いで走って角を曲がった後でエレンはずるずると崩れ落ちるように座り込む。
兵長のあの態度ひょっとして……
いや、きっとそうだ。
ペトラがエレンに触れたのが、心配してくれたのが気に喰わなかったのだ。
兵長程の人でも嫉妬するのか。
人類最強の彼の以外な一面を見れた事実につい笑っていると。
「随分と楽しそうじゃねぇか。クソはもういいのか」
凍えそうな声と固まりそうな視線がエレンを襲う。
「リヴァイ、兵長」
「クソが出ねぇならさっさと戻れ。ペトラが心配している」
「はいっ」
勢いよく立ちあがってリヴァイの後に続きながら、その関心のかなりの部分がペトラに向けられていることに一種の感動を覚えていた。
凄いなペトラさんって。この兵長の心を……
ひょっとして人類最強ってペトラさんなのかもしれない。エレンは脳裏に浮かんだ考えに思わず笑いそうになるのを、目の前を歩くリヴァイの蹴りの威力を思い出してどうにか堪え、心配させた事を彼女に謝る為に彼に続いて食堂へと続くドアを通った。

  • カテゴリー小話

拍手に置いてた小話達の扱いに困っていたけど、カテゴリー小話を作ったのでこちらに置こうかなと。

 

 

良い香り……
ティーポットから温めていた別のポットに注いだ紅茶から立ち上る匂いと綺麗な色にペトラの顔は綻ぶ。

今日兵長が扱う書類の量は多かったから、その間に喉を潤すお茶はカップ一杯じゃ足りないだろうと多めに用意した。手作りのカバーをして中身が冷めにくくしたポットとカップをトレイに乗せて兵長の部屋へと向かう。

リヴァイ兵長にお茶を供したあと、一口飲んで僅かに目を細める姿を見るのが好き。

部屋の前に着いてドアをノックすると。
「ペトラか」
ノックの音かリズムか、それともその両方の組み合わせで分かるのか、いつからかペトラはリヴァイの部屋へ入る前に入室の許可を願う言葉を発することはなくなっていた。
それどころか。

「入れ」
今みたいに彼自らドアを開けてくれる事もある。
「ありがとうございます」
「ん」
すたすたと机に戻り座った彼の前にトレイを置いてポットから紅茶を注いで。
「ポットの中にまだ入ってますから、何杯かはお代わりができますよ」
冷めないようにカバーを掛けて伝えると。あれ、兵長の眉間に皺…何か機嫌を損ねるような事したかな……

「何度も茶を頼まれるのが面倒だからか」
「違います。お茶を飲みたくなる度に私を探されるって聞いたので、お忙しい兵長の時間を潰させる訳にいかないと思って」
「そうか。ならいい。……おい、お前を探すとか誰に聞いた」
「ハンジ分隊長からお聞きしましたけど何か?」
「ちっ、あのクソメガネ…… お前の淹れる茶が美味すぎるのが悪ぃんだ」
「不満があるのでしたら、」
「ちげぇよ。不満なんかねぇ」
ポットとカップを下げようとした腕は、不機嫌さが増して額に深い皺を寄せた兵長に咎めるように掴まれた。
「飲むから下げるんじゃねぇ」
「申し訳ありません。あの、手を、離していただけませんか?」
「嫌だと言ったらどうする」
さっきまで機嫌が悪かったのに、今の兵長は何だか凄く楽しそう。部下を苛めて書類相手のストレス発散してるのかな……
「どうもしません」
本当にどうしようもないからそう言ったら、兵長の顔がつまらなそうになった。
「ちっ」
その反応にくすくすと笑い声が漏れてしまった私は兵長に睨まれたのに怖いと感じずにどうしてか楽しくなってしまう。
「笑ってんじゃねぇよ」
手を離されたけど、今まで感じていた生地越しの温もりが冷めてくのが少し寂しいなんて。

「お茶を用意するのは面倒ではないので、いつでも申し付けてくださいね」
「ああ、そうする」
頷いた兵長はカップをいつもの独特な持ち方で飲んでくれた。緊張の一瞬だけど、今回も味に満足してくれたみたいで良かった。
私は今日も大好きな時間を過ごせた事が嬉しくて、微笑みながら退室した。

兵長の休息の一時に僅かな言葉を交わすのが、いつまでも私の役目であって欲しいなんて身の程知らずな願いだ。けれど兵長が私のお茶を望んでくれる限りは誰にも譲らなくていいですよね?